純哉と真奈美

 石崎は二十四の時、パチンコ店で純哉と知り合ったという。
「同い年だったし、なんか空気も似てたんだよね」
 開店前の列に並んでいるうちに自然と仲良くなっていった。
 石崎は当時不真面目なフリーターで、純哉は風俗店の店員だった。
「まぁ若かったから、互いに浴びるほど飲んだね。特に俺そんとき時間だけはあったからから、暇だったら呼び出して」
 ある時から純哉の付き合いは悪くなった。
「女だろって聞いたらさ、嬉しそうにウンって言ってたよ。ただ秘密の関係なんだ、店の女の子だからって」
 風俗店の店員と風俗嬢が付き合ってはいけないことくらい石崎は知っていた。
 店の人間が商品に手をつけてはいけない、それは子供でもわかる理屈だ。
 同棲を始めたというので早速訪れた。新築のメゾネットで、さすが金があるなぁと石崎は変に感心したという。
「一緒に鍋したりゲームしたよ。女の子紹介してって――彼女、真奈美っつうんだけど――に何度か言ったけど全部断られちった。俺がプータローだからダメか? って聞いたら『違うの、純哉に他の女を見せたくないの』って言ってたね。なんつーか、真奈美の気持ちって過剰なんだよね。重い女だなって思ったよ」
 けれど純哉はベタ惚れだった。
「別にすげー可愛いわけじゃないんだよ。風俗で出てきたらまぁ当たりかなってレベル。まぁアッチの方でも骨抜きにされたんだろうけど」
 愚痴のように聞こえる惚気を何度も聞かされたという。
 やれ携帯から女の番号が全て削除されたとか。やれ店で他の娘と二言以上喋ると真奈美は烈火のごとく怒るとか。コンビニの女店員ですらキレられたとか。
 純哉はどことなく嬉しそうだった。
 恋は盲目、あばたもえくぼ。
 そんな独占欲の強さもかえって一途に見えたんじゃないかな、と石崎は言った。
「真奈美は風俗嬢やってる負い目があるから、純哉が離れるのが怖かったのかもしれないけど……聞いてて俺はカンベンって笑ったね」
 そんな二人の幸せな日々が続いている間、石崎はちゃんとした仕事に就いた。
 仕事が終わり、久々にパチンコ店を覗いていると純哉から電話があった。
 純哉の声は鼻が詰まっているような篭もり具合だったので風邪かと思ったという。
「……バレた。ヤベェ、ヤベェよ」
 ただ事ではない純哉の様子に石崎は二人の住まいに向かった。そこに真奈美はいなく、ボコボコに顔を腫らした純哉が泣いていた。
 何があった、と聞くまでもなかった。
 風俗店のオーナーがヤクザだとは以前に聞いていた。チャイニーズマフィアと繋がりがあると噂のある組の一員だった。
 二人の関係が店にバレ、純哉は凄惨なリンチを喰らったのだ。
「ヤベぇよ、ほんとヤベぇんだよぉぉ。なぁ石ちゃん、なぁ、おお俺どうしたらいい?」
「落ち着けよ。まず手当てしよう……」
 体のあちこちが紫色に変色していた。
「真奈美は?」
「あいつは店に監禁されてる……明日、明日に決まるんだよヤベえんだってほんと……」
「何が決まる?」
「お、オーナーぶち切れで……罰金三百万って」
 三百万。三百万円。貯めるまでどれくらいの年月がかかるだろうと石崎は想像した。少なくともポンと払える金額ではなかった。
 それは純哉が奴隷になることを意味していた。口の中ががからからに渇いた。けれど話は続いていた。
「それか、それか……『ペンチでお前の性器を潰す』って。真ん中から潰して、二度と勃起できないように海綿体を破壊してやるって……」
 石崎はあぐらをかいたまま、足に力をいれ、股間を見つめた。
「嘘だろ」
「マジなんだよ! マジ、ほんとマジなんだよ! う、噂は前からあったんだ!」
 商品に手を出した者にはペナルティーを。他の人間がふざけたマネをできないように見せしめとなるようなペナルティーを。
「なぁ、純哉、逃げろよ。それしかないだろ」
「ムリだぁムリムリ! だって相手はヤクザだよぉぉぉ。俺、実家の住所まで履歴書に書いてんだよぉ」
(詰んでるよそれ……)
 もちろん言葉には出せなかった。
「その……だったら罰金の方が良くね? 無駄遣いしなかったら二、三年のうちに返せるだろ」
「選べねんだよ、こっちは……」
「はぁ?」
 憔悴しきった純哉から話を引き出すと、こうだった。
 明日、純哉は営業時間よりも早い午前中、店に出頭する。
 そしてオーナーと真奈美が立ち会う中、純哉は選択しなくてはいけない。
 純哉の店は個室ヘルスなので部屋が左右にいくつも並んでいる。
 その一番目の部屋の――右か、左か、どちらの扉を開くことを要求される。
 ベッドの上に制服が置いてあれば、系列の風俗店でまたボーイとして――ほぼ無給だが――働くことができる。
 ベッドにペンチをもった男がいれば、純哉のペニスはへし折られる。噂では傷口は踏み潰されたソーセージのようで治癒できる望みはない。
 最悪の二分の一だった。
「石ちゃん、俺死にてぇよ……耐えらんねぇよ……」
「待てって……ん……あ! けどあれじゃね、真奈美がいるんだった、望みはあるだろ!」
 石崎は考えた。純哉よりも先に真奈美が店にいるのであれば、物音や準備段階で、どちらの部屋にペンチ男がいるか制服が置いてあるか気づくだろう、と。
「その時に純哉、目配せすんだよ。お前ら付き合ってたんだろ? 死ぬほどセックスしたんだろ? だったらアイコンタクトだけで真奈美が教えてくれるよ、絶対。どっちが安全かどっちが危険かって」
「お、おぉ! そうだな、そう言われたら石ちゃんの言う通りな気がするわっ! そうだよ、目で合図は出せるもんな!」
「だろ? 店に行ったら隙を見つけて真奈美をちゃんと見るんだぞ、運には任せんなよ。カンニングできんならやるしかねーだろ」
「ほんとだわ、ヤッベ、石ちゃんすげぇな。そうだよな、真奈美はぜってぇ気づくよな。だって俺ら相思相愛なんだもんな」
 石崎はゆっくり頷いた。
 なんとか明日をやりぬく元気を出した純哉を励まし、石崎は自分の家に帰った。
「帰ってからも心配で、なんか情報拾えないかなってネット色々見てたんだよ」
 店の評判や噂をあちこちの掲示板で見た。大したものはなかったが、真奈美らしき人物の非公式の、店には内緒のブログのリンク先が貼られてあった。
「源氏名は知らなかったけど、のっけてある写メがどうも真奈美っぽいんだよね。顔は出てないんだけど、首のホクロとか体の細さとかがさ」
 ブログの最後の記事に書いてあった。
『ダーリンはずっと離さない。何があっても。他の女に奪われるくらいなら一緒に死んじゃいたい。他の女に奪われるくらいなら世界が壊れればいい。捨てられるのがとっても、とっても怖い。一緒にいてくれるなら、なんだってする。ダーリンがカタワになってもずっと介護してあげる、ダーリンが寝たきりになっても一緒に寝てあげる。死ぬまで一緒だよダーリン。絶対に離さないよ』
 記事は三日前に書かれたものだった。
 ふと石崎は、オーナーに密告した人間は真奈美のような気がしたという。もちろん答えはわからない。
 石崎は翌日、会社でフォークリトの作業中、携帯を落として壊してしまった。さらに突然の激務にしばらくは午前様の帰宅になったという。一週間後、二人が住んでたアパートに行ったが誰もいなかったという。
「だから、あれから純哉と真奈美がどうなったのか、俺にはわかんないんだよ」
 石崎は長いため息をついた。

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別府

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