片山は三十一歳。昭和61年生まれ。
先月まで地元の群馬で仕事をしていた。
「満員電車はいまだ慣れないけど、こっちは電車の中にテレビがあるんだな」
そう言われてはたと気づいた、
確かにいつからか車両の中に液晶モニタが設置され、広告の配信や天気予報が流れている。
「退屈しのげていいなぁって思ってたんだけど……」
すし詰めの電車でスマフォすらいじれないとき、気が紛れた。
クタクタに疲れた金曜日残業帰り。
片山はぼうっと液晶モニタを眺めた。
野球のニュースが流れていたらいいなと思いながら見つめていたが、ディスプレイは何も映さない。
(はて、モニタの調子が悪いのかな)
ロングシートを挟んだ向こうのモニタを眺めたが、いまいちわからない。
(このモニタだけなのかな)
視線を戻すと、モニタに異変が起きていた。
「それがさ、ファミコンのバグった画面みたいになってたんだよね」
片山は三度見をした。
明らかに故障だと思ったがまさか何十万人も運ぶ首都圏の電車にて故障が起きるとは信じられなかった。
「え、え?って見回しても、他の人は無表情で見てるだけ。誰か一人くらい驚いてもいいわけじゃん?」
周囲が眉一つ動かさない表情から、気づいてるのは自分だけだと知ったという。
(そんな珍しいことじゃないのかな?)
腑に落ちないまま片山は窓の外を一旦は眺め、視線を戻した。
ディスプレは数刻前よりもひどく、見つめていると頭痛がしてきそうな幾何額模様の、壊れた画面だった。
(いや……これはおかしいだろ)
再び周囲を見ても誰も騒いでいない。
おかしいなと思いつつモニタを見ると、ゆっくりと画面に浮かび上がってくる文字。
「ほら、デジタルな文字っていうか、マトリックスみたいな文字っていうか……そんな感じで、おぼろげに浮かび上がってきたんだよ」
最初に浮かび上がった文字は『ホ』と読めた。
次いで『ロ』。
画面内でブレながら『ブ』。
驚く片山の目にはさらに飛び込んでくる。
『バチ、バチ、バチ、TOKYO、ゼンイン』
『ゼツメツ』
文字はそこまで出ると、そのまま止まったという。
片山は西荻窪で下車するまで、呆然とその文字を見つめていた。
だが気づいていたのは最後まで自分だけだったと、片山は言う。
「なんていう現象かわからない。心霊現象? オカルト現象? 幻覚? わかんない。わかんないよ俺。わかんなくていいけど、俺、たぶん近いうちに地元に帰る」
片山は年内をめどに東京から離れるつもりでいるという。