やっぱり家が一番

「いや失敗したよ」
 浦部さんは年末のことを思い返しながら話した。
「たまにはってことで、横浜のホテルで正月過ごしたんだよ。うちはまだガキがちっちゃいから遠出もできないし、安く泊まれるツテがあったんだ」
 家族四人なうえ浦部さんは転職したばかり。できるかぎり出費は抑えたかったという。
「サイトを見ると悪くない感じだったんだ。横浜港の夜景も見れるっていうし。夜景だぜ? 大人になってからの夜景はすげぇ高いんだよ、わかるだろ? え、価格帯? 普通に予約したら一人二万円越えるわな。山下公園のすぐ近くっていうロケーションも便利だしなぁ……。うろ覚えだけど、場所は確か山下公園から通り二本挟んだところにある……。
 まぁそんなことどうでもいいだろ。
 あ? 場所の特定? 
 バカ、つまんないこと考えんな。俺の知り合いがいるんだよ。
 ともかくチェックインするなり嫁もはしゃぎ始めるし息子もテンション上がるわな。だけど娘が「この部屋イヤ」って言い始めるんだ。
 なんで? って聞いても要領得ない。高いところ 怖い?(宿泊部屋は十階だった) って聞いてもそうじゃないって言うし。
 けど年末の繁忙期だろ? こっちはツテ使ってる手前もあるから部屋変えてくれなんてホテル側に言えないし。
 しばらくしたら落ちつくだろうと放っておいたんだ。
 予想通りすぐ機嫌治したよ。そりゃこっちも高い金出してんだもん。喜んでくんないと困るよね。

 まぁ、さ……。
 まさか人死があった部屋なんて、そん時はわからんよ、俺だって。
 首吊りだよ。
 バスローブの帯使って、クローゼットのポールだってよ。
 意外に(首吊りを)やろうと思ったらどこでもできるもんなんだわ。
 しかし後から考えると不思議だよ。娘の第六感っていうの? ココ禍々しいですよセンサーっていうのかな、大人にはないセンサーでもついてるんじゃないかなって。

 いやけどな、ホテル自体はすごく良かったよ! ガキづれでもレストランは居心地いいし、みんな気が利くんだわ。
 飯もな、フランス料理なんて結婚式の時以来だよ。けっこう旨かったよ。
 で、夜景みんなで見てさ、風呂入って早めに寝ようって話なったんだ。ガキ共が限界だったからな。
 俺も軽く酒飲んで寝たんだ。ぐっすりだったよ。
 物音で目が覚めたには深夜二時過ぎだった。
 俺起きたら時計確認する癖あるんだけど、二時半にはなってなかった。ガキが便所かな?って思って見たら、影が動いているんだ。
 目を凝らしてみると、影は二つ。
 娘と嫁だった。
 二人はドアからベランダまでの通路を行ったり来たりしていた。
 娘が前で、続いて嫁が歩く。ドアまで行ったらUターンしてベランダまで……。
『ふざけてる?』って最初は当然そう思った。
 眠れなくなって、妙な遊びでもしているのかと思った。
 けど『何してるんだよ』って声かけても無反応だ。そのまま俺はまた寝てしまえばいいっていうのに、ベッドライトをつけた。二人の顔が見れた。
 かすかな光源を背後から浴びて、ぼうっと浮かび上がった表情が――異様なほど無表情の、まるで憑かれたようにって感じだった。

 影法師っていうんだっけか。
 ベッドライトに照らされ、壁に映し出された影、影がなぁ……。
 ぷらりん、ぷらりんって揺れるんだよ。
 ろくろ首みたいにながぁい首が、ブランコみたいに揺れるんだ。
 わかるか?
 嫁と娘の影じゃないんだ。

 気づけば嫁の肩をつかんでいたよ。
『おい、おい、しっかりしてくれよ』ってテンパって話しかけた。
 けど反応はない。寝たきりの婆ちゃんに話かけるようなもんだ。
『どうしたっていうんだよ!』
 嫁の口から声が漏れているんだ。
『こ…… らい……くらい ……くらいここくらい……くらい、ここ、ここくらい』
 って。その言葉を脳みそで理解したとたん、全身が粟立ったね。
 お前どこにいるんだよ。
 てか、お前、誰だよって。
 だから俺は爆睡してる五歳の息子を抱きかかえて、二人の短い行脚を見ているしかなかった。他にどうしようもなかった。
 大きな声をだすと息子が起きてしまう、そればかり考えてた。
 奇妙な動きは四時前には終ったよ。まだ暗いうちだった。二人とも床に倒れたもんだから、ベッドに運ぶのが難儀だったよ。もちろん起きてから二人に尋ねても何も憶えていないって。
 だからあの夜に起きた怪異現象を知っている家族は俺一人だけ。もちろん言うつもりなんてないよ。幸いなことに家に帰ったらもう二人に異変は起きなかった。
 帰るまでの間、どうなることかって内心冷や汗かきまくってたからほっとしたよ。
 家着いてから言ったよ。
 心の底から言ったね。
 やっぱり家が一番だなって。

 しかし情けないよな、四十も近い人間が嫁と娘をどうにかしようって考えなかったんだもん。
 ただああいうときって変なんだよ。怪異に出会っちゃった時って。
 後から考えれば、なんであんな行動したんだろう? っていう奇妙な行動するんだよ。
 『あぁ二人がこんな状態なら、どうしようもないな』って考えるんだ。
 ――このままじゃ、あまりに可哀相だ。
 ――憑かれたまま死ぬまで生きていかなくちゃいけないなんて。
 ――いっそ早いうちに、いっそ俺が責任をとれるうちに……。
 なんてな。
 冗談だよ。
 笑えよ。
 冗談ってことにしておかないと、お前会いづらいだろうし。
 ただな、ただ考えるんだ。馬鹿なことだけど。ほら最近も母親が子供を殺す事件あっただろう? ひょっとしたら――そのうちの何件かは怪異に出会った結果だったんじゃないだろうかって。
 『子供殺した母親、心神喪失で不起訴』って報道、聞いたことあるだろ?
 あれって怪異に憑かれた――ってことじゃないのか?
 魔が差したって言葉って、あれ本当に当人にとっては真実なんじゃ――。
 自分のことを振り返って考えると、どうもそんな気がする。
 ま、そうでもないと、俺は家族を殺す理由がわからん。
 お前はわかるか?」

 子供も嫁もいない私は曖昧に首を振った。

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別府

管理人です。ビックリしたときのリアクションは子供みたいです。

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