三十代前半のとても綺麗な女性、赤嶺さんが北海道は札幌に住んでいた頃。
彼女は二十代前半、両親との関係悪化にしたがい一人暮らしを余儀なくされた。
金はない。
選ぶ余地はなく、札幌でも安い方の二万円のワンルームを借りたという。
まだ秋の前だった。
赤嶺さんが引越しをバイト先に話すと、一人が妙なこと言った。
「そこのアパート、危ないっすよ」
どういうこと? と赤嶺さんがしつこく尋ねると、同僚は渋々といったていで喋った。
「親から自殺あったって聞いてますよ、そこ」
またぁ、と赤嶺さんは鼻で笑ったが、脇にはおびただしい汗をかいていた。
――引っ越したアパートは四世帯しか入らない小さな建物。
四分の一の確率だった。
次の休みに、赤嶺さんは不動産屋のもとに出向いた。
ここは事故物件か、とストレートに質問をぶつけた。
今から考えればそれが失策だったとわかる。
一般的な社会人が二十代そこそこの女性にまともに向き合うだろうか? おまけに相手は安い金額しか落とさない客である。
若い不動産屋ははぐらかした。
はっきりと何があったかは言わず「何かトラブルがあったらまた来てください」とはぐらかした。
おまけに不要な『他の部屋の住人は皆長く住んでいる』という情報まで得てしまった。
「内地の人間にはイメージしづらいだろうど、あっちだと屋内には暖房器具のパイプが通っているの 」
と赤嶺さんは説明する。
「今はどうかわからないけど、私のときはそうだったの。そこに、そのパイプに……」
不動産屋から帰った赤嶺さんは、唐突に気づいた。
なぜ今まで気づかなかったのだろう?
部屋に通るパイプに、縄がかけられていた。縄はパイプに縛られ、十センチほど垂れた端は途切れている。
首吊りがあったことを連想させるには充分な存在感だった。
垂れている縄の先は、もともとわっか状になっていたのではないか?
赤嶺さんは想像した。
――でも、なぜ?
この部屋で自殺があったのなら、警察が押収するんじゃないのか?
もし警察が見落としていても、大家が回収するんじゃないのか?
なんでこの部屋には、使途不明の縄が垂れているんだ?
――何のタメ?
赤嶺さんの脳裏に疑問がぐるぐるめぐる。
結論が見いだせなかった赤嶺さんは、結局一晩実家に帰ることにした。
翌日自分の部屋に戻ると、件の縄はどこにも見当たらなかったという。
ますます赤嶺さんは混乱することになった、
「もちろんすぐに引越したわ。あの部屋にいると、彼岸に連れていかれる気がしたから」
安いアパートはやめときなさいよ、と赤嶺さんは鼻の付け根に皺を寄せた。