アイちゃんは今時の若い女の子。
鮮やかな紅い口紅、太い眉、長めに引いたアイライン。
ゆったりとした白いセーターににタイトなパンツがよく似合う。
新宿駅なら一分間に二十人は見る量産型の可愛らしい女の子だ。
ただ彼女は霊が『視える』。
彼女の母親も同様に視えるという。
以前住んでいた都営住宅でアイちゃんが体験したこと。
バイト前に部屋で準備をしていると、視界の上方に黒いものがあった。
目線を上げると黒い虫が飛んでいた。大きさが異様だった。手のひら大サイズだった。
さらに異様なことに、虫の顔は拳ほどの大きさで、女の顔をしていた。見たこともない中年女性の顔だった。眉は吊りあがっており口角はバナナをくわえるように開いていた。
「え、まって」
それは羽音もたてずにふわふわと宙に浮いていた。そしてアイちゃんを睨んでいた。
「お、おかあさーん! おかあさぁあああん!」
別室にいた母親が飛び込んできた。
どうしたっていうの、と険しい顔をした母親にアイちゃんは指をさして虫の存在を教えようとした。
だが宙にはいない。
バッタァン。
雑誌が落ちるような音がした。反射的に目をやると床に女がいた。
虫だった女は人の形となり、腹這いとなってアイちゃんと母親を睨んでいたという。
その後どうしたかは憶えていないという。
誰に言っても信じてもらえないが、母と見たので夢や幻覚の類ではないとアイちゃんは確信している。