春の陽気

 先週の土曜。ほがらかな陽が差す牧歌的な電車内だった。
 苅谷さんがまどろんでいると、隣から男の話声が聞こえてきた。
「俺さぁ、本当にさぁ、次の震災あったらなぁ、ボランティア行くよ」
 夢を語る青年のそれとそっくりな、熱のこもった口振りだった
「できればさぁ、自分の知人を見つけてやってさぁ、泣きたいんだよ。そん時のカタルシスってさぁ、もんすげぇと思うんだよ」
 横目でちらりと確認する。
 メガネをかけた男の年齢は四十代に思えた。白髪混じりの髪はツヤはなく箒のようにパサついていた。
 年相応とは思えないカジュアルな服装に苅谷さんは何とはなしに「厭な感じ」を受けたという。 
「自分の知り合いがだよ、いや、アニキでもいいや。アニキがどうしようもないことで死んでさぁ、そんで俺は悲しくてさぁ、泣いてさぁ、あぁもう会えないんだってワンワン泣いて、あぁすれば良かったって後悔してさぁ」
 男はデニムの七分袖シャツをしきりに伸ばそうとしていた。
 苅谷さんの眠気はどこかへ行っていた。
「俺はどうしようもないことで愛する人を亡くしたさぁ、可哀想なやつじゃん。たぶん、みんな泣いて、俺の話、聞いてくれっと思うんだよ。やっと聞いてくれんじゃん」
 そういうの、いいよなぁ。
 
 男の視線を頬に感じた苅谷さんは、次の停車駅まで寝たフリを続けたという。
 季節は春なのだから、すぐに察することができた。
 電車から降りる際に振り向くと、予想通り男は一人だったという。
「少なくとも、あの時は電車の皆がそいつの話を聞いていましたよ、男の希望通り」
 吐き気をこらえる時のような顔つきで苅谷さんは吐き捨てた。
 立川発の青梅線での遭遇譚だという。

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別府

管理人です。ビックリしたときのリアクションは子供みたいです。

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