佐野さんは大のカラオケ嫌いだ。
飲み会の流れで「カラオケ」という単語が出るだけでコッソリ姿を消すという。
「高校の時までは行ったんですよ。わーわー皆で歌うのが楽しかった。ブルーハーツとスマップとか歌ってましたよ」
その時は『うまく歌うこと』は置いておき、好きに歌っていたという。
「大学入って……まぁよく知らない奴らと遊ぶことになるわけじゃないですか。みんなカラオケのレベル高かったんですよね。これは負けてらんないなぁって思って」
授業の合間を見つけては一人カラオケに通い始めたという。平日の昼間は人もおらず一人でもさほど恥ずかしくなかった。
「じっくり歌えるから練習になるんですよ。待ち時間もないし煙草くさくもないしで快適なんです」
練習の成果もあり、カラオケの採点機能でほぼ高得点を出せるようになった頃だ。
いつものように佐野さんはアイスティーを用意し、マイクを握った。
歌い始めは好調だった。
高い音も難なく出るし、ビブラートもうまくかかる。
三曲目を歌い始めた時、自分の声が異様に低く聞こえる気がした。
キーをいじながら歌は続けたという。
サビに近づいた頃、笑い声が混じりはじめた。
(入り口窓から知り合いが笑っているんじゃないか……)
そう思いドアを開けて確認したが誰もいない。
ドアを閉めて再び歌いだすとはっきり変わった。
自分の声じゃない、野太い笑い声がスピーカーから狂ったように響いたという。
ケタケタケタ……。
背筋がぞっとしたという。
カラオケ機の故障かと佐野さんが機械を見ると、異様な歌詞が映像に流れていた。
穢多穢多穢多穢多
穢多
穢多
穢多
穢多穢多
カラオケボックスの隅に、体育座りをした髪の長い女が目に入った。
長髪の隙間から覗く、ほら穴のような瞳が佐野さんを見つめていた。真っ赤に裂けた唇はまるで肉を咀嚼するかのように動いていた。それが歌っているとわかった途端、佐野さんはカラオケボックスから飛び出した。
受付で店員を目にした途端、失神したという。
それ以来カラオケ屋には二度と行こうとしない。
「一回どうしても断れない状況があったんで行ったんです。十人くらいで」
したたかに酔っていたせいもある。
皆でケツメイシを合唱していた時、佐野さんの目に風船のように顔が膨らんだ女が移った。どす黒い紫色から舌がだらぁんと伸びていた。その女はカラオケ機の横で楽しそうにリズムをとっていたという。
「コンビニに行くって嘘ついて逃げました。もう何があってもカラオケには行きません」
カラオケ嫌いな人を、無理に誘ってはいけないようだ。