狂気の中

 いつも通りの飲み会だった。
 気の置けない同僚と軽く一杯のつもりが職場の愚痴を言い合ってるうちに結局深酒。よくあるパターンだ。
 川内さんは酔いを自覚しながら同僚と別れ、帰路についた。
 午前零時をまわっていた。
 明日も仕事だ、川内さんはひとりごちた。
 シャワーを浴びてから寝るか、起きてからシャワーを浴びるか。家に帰ってその二択。
 
 駅から徒歩十五分の距離を歩いていると頭のどこかがカチっと鳴ったような気がしたという。
 川内さんの視界には築浅マンションのゴミ箱が入った。
 カラスやネズミが漁らないように蓋がついた、ゴミ袋が何個も入るサイズのもの。
 通りには人気がなかった。
 川内さんはふと思い立ち、蓋を開いて詰まっていたゴミ袋を道に放り投げた。
 空になったゴミ箱に川内さんは身体を滑りこませ、蓋をしめたという。
 真っ暗な箱内だがほんの僅かに外灯の光が射しこんでいた。
 風があたらないせいかぬるい温度だった。匂いは気にならなかった。
 ただただ狭さと暗さが心地よかった。
 頭の中にはどこかで読んだ文章の一節が狂ったようにリピートされていた。
<苦労のない穴にさようなら>
<苦労のない穴にさようなら>
<苦労のない穴にさようなら>
 これで腐った日常とおさらばできると、川内さんは心から安堵できたという。
 まどろんでいると老婆がゴミ箱をあけ、一度目を覚ました。老婆は無言のまま閉めたので再度まどろみの中に落ちていった。
 次は明け方だった。
 ゴミ箱をあけた女性が驚きのせいなのか泣き出した声で、再び目が覚めたという。
 川内さんは痺れた頭のまま、
「お前もそのうちこうなるよ」
 と女性に告げ、目を閉じた。

 マンションの管理人に注意されるまで、都合八時間、そうしていたそうだ。
「今考えたらね、警察呼ばれなくてラッキーだったよ。ただその時はね、このまま埋めてくれって思ってたんだよなぁ」
 川内さんはそのまま仕事を辞め、半年間引きこもり生活を続けることになったという。

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別府

管理人です。ビックリしたときのリアクションは子供みたいです。