ソロキャンプ

「いいもんだよ、星空眺めながらウィスキーなんてやってると、最高だ」
 雄平さんは去年までソロキャンプにはまっていた。
「また行きたいんだけどね、今はほら、嫁がこれだから」
 おなかをぽっこりとさせるジェスチャーを雄平さんは見せた。
「馴れてくると焚き火で色んな料理できるんだよ。ポトフとか芋煮とか。ま、缶詰あっためるだけでも、最高に旨いんだけどな。最近は色んなグッズもあるから思った以上に快適なんだぜ」
 子供時代にキャンプをしている人間であれば、野外での食事が至高であることは説明不要だろう。
「何よりさぁ、だーれもいない河原で山々の稜線を眺めてると、仕事のくだらないストレスが散っていくんだよ。自然はいい、自然は」
 雄平さんは毎週末、車であちこちに出かけていた。
 山梨のキャンプ場にたびたび出かけていた時期のことだ。ガイド誌にも掲載されていない穴場のスポットをめぐっていたという。
「家族連れとかが近くにいると台無しになるからさぁ。こっちが一人の世界に入りたいのに煩いんだよ」
 人の声が届かないスポットでテントを設置した。
 露天での食事を終え、折りたたみイスで葉巻をくゆらせる。
 焚き火がはじける音がする。飛び込んできた蛾が燃えたのだろう。 
 雄平さんは目を瞑る。
 聞こえるのは川のせせらぎ。透明感をもった虫の鳴き声。
 頬を撫でるそよ風は子供のころに感じたものと変わらない。
 そして満天の星空は降り落ちてきそうな迫力だったという。

 自然は中年を安い詩人に変える、と言ったのは誰だろうか。
 雄平さんはいつのまにかまどろんでいた。
 夢を見た。
 この時はたぶん夢を見ていたのだろうと思う、雄平さんは仰った。
 気づけば妙齢の女性が立っている。大輪の華が模様されている艶やかな着物は、キャンプ場に全く似つかわしくなかった。
 女性は雄平さんを睨みつけていた。
「君が灯す火は我にとって害毒である」
 酔いも醒めさせるような凄まじい顔つきであった。
「あの、勘違いでは……」
「君が灯す火は我にとって害毒である」
 女性はもう一度そう吐き捨て、焚き火に唾を何度も何度も吐きかけた。その度に、ジュ・ジュ・ジュ……と蒸発する音が聞こえた。
「二度はない仇をなすぞ」 
 すっと女は消えたという。

 雄平さんが我にかえるとそこには誰もいなかった。一刻前と変わらず碧い夜が広がるばかり。
 現実感がもてないまま焚き火を消し、シュラフに潜りこんだ。

 夢だと自分では思っているが、そのキャンプ場には以来足を運んでいない。
「まぁなんだ……お化けっての? 俺はそういうの信じてないんだけど、まぁな、他にもいいキャンプ場あるし無理してそこ行かなくっても、な」
 雄平さんは子供が生まれたら、小学校前にはキャンプ場に連れて行きたいと考えているそうだ。
 あの星空を味あわせたいという。
「いつかお前もキャンプ連れてってやるよ。朝のコーヒーがこれがまた格別なんだ」
 それはぜひお誘い願いたい、と私は答えた。

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別府

管理人です。ビックリしたときのリアクションは子供みたいです。