コールセンターにかかってきた不思議な電話

 木曽さんは宅配レストラン専門のコールセンターで長年お仕事をされている。
 同年代が多いためか、三十人ほどの社内は和気藹々とした、一種のサークルのような和やかな雰囲気だったという。
 だが仕事とはいえクレーム電話はかなり厄介なものだった。
「モンスターなのね、本当に」
 住所を尋ね返しただけで「俺は客だ」と怒鳴る中高年。
 宅配代がプラス二百円かかると言うとごね始める学生。
 配達地域から外れていると告げると一日中いやがらせ電話を受ける。
 この韓国人! と一言だけ怒鳴ってガチャ切りする。
「どうしてそんな電話をかけられるのか神経がわからないの。不思議」
 木曽さんはかぶりを振る。
「不思議な電話っていえば、こういう電話もあったの」
 三年前のことだけど、と木曽さんは話す。
 そのコールセンターでは電話が鳴ると、電話番号から今までの注文歴が表示されるシステムだそうだ。
 データが表示されない場合は新規客。
 木曽さんがお昼休みから戻ったときに鳴った電話は新規客だった。
「お電話ありがとうございます。担当させて頂きます木曽でございます。ご注文をお願い致します」
「……」
「もしもし? 申し訳ございません、ちょっとお声が遠いようでして」
「……う…………え」
 受話器から、水が高いところからポタポタ……と落ちる音が聞こえた。
「お客様? いかがなさいました?」
「……うん? なぁに?」
「ご注文でないお電話でしたら切らせて頂きますね」
「……たまごやき! 食べたい!」
 イタズラ電話だと判断して電話を切ろうとした木曽さんを遮るように、相手はたどたどしい声で叫んだ。
(子供だ)
 卵焼きが入ったメニューは勿論あったが、まだ木曽さんはイタズラか判断つかなかった。
 通常子供は電話をしてこない。
 だが子供に電話させる親の存在もいるのだ。そういう場合は後ろで柄の悪い(まだ抑えた表現である)母親の言葉が響く。
 木曽さんは耳をすませながら尋ねた。
「それではお届け先のお名前とご住所をお願い致します」
「さとうたかし! 小学二年生!」
 電話先は元気よく答えた。
(やっぱり子供)
 親の声は聞こえない。
「えっと……」
 木曽さんは迷った。
 対子供への言葉遣いをすれば良いのか、それとも敬語を通し続けるか。
 普段は無論敬語だ。客は客である。
 だが彼の、こちらへの踏み込み方は心のどこかに引っかかるものがあった。
「おばちゃんさぁ」
「おばちゃん。おばちゃん」
 無意識に繰り返した。
 やや傷ついた。
「おばちゃん。たまごやきできる?」
「……はい、承っております」
 馬鹿正直に答えてしまったのは動揺していたせいかもしれない。
 それでも周囲に聞かれることに配慮し、木曽さんは敬語で返した。
「うけたまわる?」
「はい、ええ。可能でございます」
「かのう?」
「できるわよ、たまごやき」
 仕方なく木曽さんは答えた。
 ため息が出た。
 仕事中によその子供と何を話してるのだろう?
 振り回されるのは自分の子供だけで充分だった。
「……ご注文でないお電話でしたら切らせて頂きますね。もうイタズラ電話しちゃ駄目だよ、ぼく」
「おばちゃん、あのね、にねんごのたんじょうび、バスのっちゃだめだよ」
「なんで?」
 唐突なワードに木曽さんは素になった。
「やでしょ、こっちくるの」
「え?」
 電話はいつの間にか切れていた。
 受話器を握り締めながら「プーッ、プーッ」という音や「ガチャン」という音が聞こえたかしら? と不思議がる木曽さんをよそに、隣の同僚が声をかける。
「あんた鳴ってない電話とって喋ってたけど、あれ、なぁに?」
 私用電話ならもっとうまくやんなさいよ。と仲の良い同僚はウィンクをした。
 後ほど電話履歴を確認したがその時間かかってきた形跡はなかったという。

 そして昨年の誕生日、意識していた訳ではないがふっと二年の前の電話が蘇った。
 連休中だったので子供たちからは出かけようと要求されたが断り、代わりに自宅でホットケーキを焼いていた。
 近所で事故が起きたというニュースが飛び込んできたのはその日の夕飯前だった。
 糖尿病で意識を失った男性の自動車が、猛スピードのまま突っ込み、二人の児童が亡くなったと近所のオバサン達から聞いた。
 翌日に新聞に載っている写真には最寄りのバス停が映っていたという。

「こんなこともあるのよねぇ」
 木曽さんは、いつか男の子から再び電話があることを願っているそうだ。
「お礼を言いたいし、たまごやき届けてあげたいの」

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別府

管理人です。ビックリしたときのリアクションは子供みたいです。

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コメント

  1. みる より:

    初コメ失礼します。
    不思議だけど木曽さんもその男の子も好い人ですね~。最後の
    木曽さんの言葉が優しいし是非もう一度お願いしたい。