札幌の廃墟

 能登さんは成人するまで、実家がある札幌に住んでいた。私は札幌というと繁華街しかイメージできないが、案外にエリアが広いようで場所によってはかなり田舎に近い箇所もあるという。
 ラーメンすすきのジンギスカンだけではないのだ。
「歳ですか? 小学五年生の頃です。もう二十年も前の話です。私の家は遠くにあって――歩いて四十分もかかるんですよ。その時はA子ちゃんの家で集合して遊んでいたんです」
 バス通学をしているB子ちゃんを能登さんは後ろに乗せ、自転車で三人はあたりを散策していた。
 子供たちにとってはただの住宅街であろうと冒険の大地になりうる。
 能登さんは興奮していた。
 見たことのないお家、当時あふれかえるようにあったラーメン屋、宝箱のような駄菓子屋。気になる男子のお家。全てが文字通り未知だった。
「自転車で走ってたら、廃墟を見つけたんです。子供の頃ってなかなか廃墟見ることないじゃないですか。住人が引越していったら、人が入るか、すぐに取り壊されるか、どっちかがないですか。東京ってたまにありますけど」
 能登さんたち三人のテンションはにわかに上昇した。
「その廃墟、壁がぶちぬかれていたんですよ。柱だけ残ってて、お家の中が丸見えなんですよ。生垣もありませんでした。一本だけ桜か梅の木がありました。子供って、そういう遊び場が好きですよね」
 私は頷いた。
 もし自分が小学五年生の頃に、そんな場所を見つけていたら狂喜乱舞していたことは間違いがない。麗しく胸を躍らす秘密基地……。
「家具も埃をかぶっていますがそのままなんですよ。ボールとかバーコードバトラーなんかも床に転がっていて。そんなの、喜ぶに決まってるじゃないですか」
 三人はいい遊び場ができたと飛び上がったそうだ。
「三十分はそこで遊んだと覚えてます。夕方も近かったから、その後は帰りました」
 能登さんは振り返る。
「私、三十年生きていますけど、あれが人生で唯一の不思議な体験でした。お化けもUFOも見たことはありません。霊感がるっている女の子とルームシェアもしてましたけど、私は幽霊の存在自体、信じていませんし」
 翌日、彼女は一人で自転車を繰り出し、前日の場所に向かった。
 友人たちの都合はつかなかったが、彼女の好奇心は誰にも止められなかった。
 だが……。
「だけど。見つけられなかったんです。いえ、見間違いや記憶違いじゃありません。入りくんだ場所だったけれど、友達の家の角を曲がって行ったんです。間違えるわけないじゃないですか」
 後から思い返すと、と能登さんは顎に指をそえる。
「北海道は北海道なんですよ。廃墟であろうと、平たい屋根の一階建てなんて私は見たことないんです。子供だって雪に押し潰される姿が想像できます」
 北国生まれの私も理解ができる。三角の屋根でないと降り積もる雪に家が耐えられないのだ。
「結局、二度と見つけられませんでした。当時はA子ちゃんの家に行くたびに『あそこを探そう』と提案していたんですけど……不思議ですね」

 私は、普段はこういった怪談を拝聴させて頂く機会ではありえないのだが、たまたま能登さんには力強く出れる関係性だったので、当時遊んでいたA子ちゃんとB子ちゃんに連絡をつけるように依頼した。ほぼ命令に近かった。
「A子ちゃんに電話したんですけど、すいません、覚えていないと。まぁ年月も経ったし、彼女も子供生んだし、時間は流れていたから……。けど本当なんです。私はこういったことで嘘はつきません」
 能登さんの人柄を知っている私は、それが真実であると思っている。
 彼女は異常なほどくだらない話はするが嘘をついた試しはない。
 もう一人の同級生について話を振ってみた。
「B子ちゃんには連絡がつきませんでした。同級生たちにも聞いたんですけど……」
 中学生以降のB子ちゃんは、行方不明だという。

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別府

管理人です。ビックリしたときのリアクションは子供みたいです。

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