夜のジョギング

 鎌池は家電量販店の店員。仕事が終わった後のジョギングが趣味だという。
 三十路から始まる腹部のたるみは見られない。
 販売員らしくハキハキとジョギングと、それにまつわる変わった趣味を聞かせてくれた。
「走る場所はもっぱら甲州街道沿いっすね。皇居ランニングとか僕はやんないすよ。人が多すぎてウザイし」
 人と一緒に走ることは興味がないそうだ。
「走り始めたのは去年の冬かな。ちょっと痩せなきゃいけない事情があって。初日はただ楽しく走れたんすよ。けど退屈してくるじゃないすか。走ってるだけなんだから。最初はたのしーって思っても二日目からは飽きちゃったんすよね」
 そして鎌池はジョギング中に液体性の殺虫剤を持ち歩くようになったという。
「バーっとかけちゃうんです。背中に。匂いが少ないタイプ選びますからすぐは気づかないんすよね。きっと家に帰ってコート脱いだらわかるんじゃないかなぁ。気づかない奴もたっくさんいるでしょうね」
 液体をかけたら何食わぬ顔でそのまま走り去る。振り向くことはしない。
 健康被害の可能性は、と尋ねると、
「直接触ったりすりゃあるんじゃないすか? あとは吸い込んだり。俺は知らないすけど」
 と鎌池は答えた。
 どのくらいの人数にかけたかと重ねて尋ねた。
「いきなりじゃないすよ。最初は鼻くそとか、痰とか、かわいいもんだったんすけど」
 次第に我慢できなくなっていった。
「だからかけたのは三、四十くらいかな? まぁその辺」
 コツは注意深そうな人間は避けることだそうだ。
「いるじゃないすか、道とか聞かれるタイプの人間。ああいう隙だらけの奴が一番いいすね。走っててああいうタイプ見つけるのが一番楽しっすね」
 いまだ鎌池は夜のジョギングをしている。
「本当は硫酸とかもやりたいんですけどね。まぁ流石にそれは。我慢、我慢」

The following two tabs change content below.

別府

管理人です。ビックリしたときのリアクションは子供みたいです。

最新記事 by 別府 (全て見る)