馬鹿犬

「不思議な体験、今までに一つだけありました」
 大田さんは夜勤のお仕事をされている。
 午前中は通常の勤め人と違い、彼にとってはまだ深夜だ。
 安眠を妨げる存在がいた。
 隣の一軒家が飼っているゴールデン・レトリバー。
 だいたい寝入って三時間ほどで、まるで火事でも起きたかのような勢いで吼え始める。

 夢うつつの中、眠気の衝動と犬の吼え声が混じりあう。次第に現実と夢がごっちゃになる。
 それが一週間ほど続くと、大田さんは浅い夢の中で犬の首を絞めたそうだ。
 もう黙れ。そして満身の力を込めて捻る。
 そんな夢を何度も見たそうだ。

 仕事が休みの日、どうしても外せない昼間の用事の為まだ日が昇るうちに外に出た。
 隣の家を通りがかると、大田さんを一瞥した犬が震えている。
 大田さんが覗きこむと、悲しそうに、それはもう悲しそうな顔でそっぽを向いたという。

 翌朝、仕事を終えてアパートに入る前、なんとなく気になって様子を見に行くとレトリバーはかちかちに硬くなっていた。
 氷のように冷たい身体で、恨めしそうに睨んでいたという。

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別府

管理人です。ビックリしたときのリアクションは子供みたいです。