新宿ゴールデン街のミクさん

「悪霊はあんまりこないの。だってここら飲み屋街だから。寂しがりがくるとこだから」
 と仰るのは新宿ゴールデン街の某飲み屋さんに勤めるミクさん。
 
 新宿花園神社のお膝元、ゴールデン街には通りが横に一本、縦に六本ある。
 無数にある店だが、隣り合う店舗でもコンセプトや価格もバラバラだ。
 あくまで例えだが、一階が文壇バーでも二階はアニメ居酒屋だったりもする。私が知らないだけで、もっと異様な組み合わせの二階建てもあるだろう。
 歴史ある飲み屋街には私のような罰知らずすら受けて入れてくれる。
 といってもまだ初心者だが。行きつけの店に憧れながら違う店をノックする。
 懐が深いということは、人外のものも招きいれてしまうという私の推測は、いささか考えすぎだろうか。

 ミクさんが知り合いに横の通り(まねき通りと呼ばれる)の店に連れていってもらったときのこと。
 二階に昇る階段の脇に、モンペ姿のお婆さんがいた。
(どこかのお店の衣装かな?)
 頭を捻った。
 レトロな街並みとはいえここは新宿。歌舞伎町とは目と鼻の先。
 田舎のお婆さんが用事のある店はありそうにない。
 周りの人もリアクションはない。
 お婆さんはミクさんだけを見据えていた。
「おなかすいたぁ」
「なにか食べさせてえ」
「おなかすいたぁ。なにか食べさせてえ。おなかすいたぁ。なにか食べさせてえ。おなかすいたぁ。なにか食べさせてぇ」
 表情の類を一切浮かべず、皺だらけの肌を三度震わせた。
 たじろぐミクさんに、連れの男性が声をかける。
「相手しなくていいよ。君は変なのに好かれちゃうね」
 老婆はいつの間にか消えていたという。
 私が「その男性も視えるタイプなんですか」と尋ねるとミクさんは首を振った。
「彼は見えないの。ただ空気が読めるタイプ、異常に空気が読めるの。グループで飲んでてちょっとでも諍いの種があるとすぐに気づいて、空気を変えれるタイプ。見えないけれど、空気に異物が紛れ込んでいるのには気づくんだって」

 また違う日、ゴールデン街で名の売れている店にミクさんは寄ったそうだ。
 そこは二階にあるうなぎの寝床のようなお店だった。
 一人しか通れない細い階段を昇っていると、上から降りてくる女性が見えた。
(どいてあげよう)
 ミクさんは壁に身体を寄せてスペースを作った。
「ただ不思議だったの。冬だっていうのに白い夏のスーツだったし、雰囲気がレトロなのね。古臭いっていう意味じゃなくて、今だとないような素敵な感じだったの。昔の女優みたいに気品があって……」
 どこかのお店のママかと思ったそうだ。
「振り返るとふっと消えていて、変だなぁ変だなぁって思ったのね。だからお店に入ってから常連さんに尋ねたの。こんな綺麗な女性の人いませんでしたか? って」
 常連の方は、
「あぁ、亡くなった人だよ。まだよく来るみたいだねぇ」
 こともなげに答えたという。
 お酒を奢ったと話す人さえいたそうだ。
「気持ちはわかるのよねぇ。私だってやっぱり、いつまでもこの街にいたいから。成仏するよりも、いい気分でお酒飲んで、この街の亡霊になりたいなぁって思うの」
 ミクさんは頬を紅く染めながら、グラスを眺めた。私も頷き、グラスの底を眺めた。
 ミクさんは小さく歌う。

ようこそWelcomゴールデン街は宿の縁
すぐそこです
遊びにおいで 歌舞伎の人並み泳いで
遊びにおいで 人並み泳いで

―――ピンゾロ aka 鬼二家「青二才の疾走」より歌詞引用

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別府

管理人です。ビックリしたときのリアクションは子供みたいです。

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