小学校教師

 福島県の郡山市で小学校教師をされている伊上さんから聞いた話。
 伊上さんが長年働く小学校でも、学校にまつわる七不思議の話しはもちろんあったそうだ。
 夜中に動く標本、段数が変わる階段、音楽室でひとりで鳴り出すピアノ、トイレの花子さん……そういった定番の類だ。
 しかし何年もその怪談の現場で仕事をしていても出くわすことはない。
「まぁそんなの起きたところで別に構わないんだけどね。ピアノが鳴ろうが、段数が変わろうがどうでもいいんだよ。それより仕事後に生徒が起こした事件で呼び出されるほうがよっぽど嫌だね」
 万引きをした子供の引き取り。
 ゲームセンターで遊んでいるところを補導された子供の尻拭い。
 親から頼まれる、遅くまで帰ってこない子供の捜索。
「飲み屋のねーちゃんとようやく飯の約束とりつけたのに、当日に限って面倒ごとがあるんだよ。そういう時は心の底からクソガキって思うね。手がかかる子ほど可愛いって本当に欺瞞だと思うんだわ」

 ある年の夏のことだった。
「連絡があってさ、用件はなんだったかな……生徒が塾の月謝を学校におきっぱなしとか、そんな理由だったかな」
 伊上さんが校舎に入ると、いつも通り静かだった。
 暗い廊下を懐中電灯の明かりを頼りに歩く。
 毎度のこととはいえ、腹が立っていた。俺は便利屋でも召使でもない。
 ため息をとめどなく吐きながら、早く帰りたかった。
 帰りにスナックに寄ろうかどうするか考えながら伊上さんは教室のドアを開けた。
「電気を点けるとさ」
 教室の真ん中に、猫背の老人が座っていた。
 和服から見える皮膚はしなびた蜜柑のようだった。
 男女はわからない。
「前頭部が欠けていたから」
 どうしようもないほどの悪臭が伊上さんの鼻を殴りつけた。
 まるで雨上がりの肥溜めをかき混ぜたような匂いだった。
 老人は歯のない口を大きく広げ、飴を弄ぶように舌をベロン、ベロン、と動かしていた。
 涎が机に滴り落ちる。
 全身に鳥肌を立たせながら固まる伊上さんは、老人の声で我に返った。
「いなくなるいなくなる」
 老人はきゃきゃきゃと嬉しそうに笑うと、すうっと床下に消えていった。
 翌日伊上さんは学校を休んだ。
 あの人外のものが自分になにか不吉なことを及ぼすに違いないと思った。
 だが二日後には気力を振り絞り、職場に向かったそうだ。
「働かないといけないからさ……。けれど予想したのと違って、別に俺はそれから普通の、至っていつもの毎日だった。うん、俺は問題なかったんだけど……」
 老人が座っていた席の生徒が週末のサマーキャンプにて川に流されたと連絡があったとき、伊上さんは愕然としたそうだ。
「亡くなった生徒はさ、いつもいつも面倒ごと起こすワルガキで、早くいなくなれって俺、思ってたんだよね……」
 あの老人が何だったのかわからない。
 以降、二度と見ていない。
 だが伊上さんは教師を辞めることを真剣に考えているそうだ。

The following two tabs change content below.

別府

管理人です。ビックリしたときのリアクションは子供みたいです。

最新記事 by 別府 (全て見る)