にゃんこがきたよ

怖い話ではない。不思議な猫にまつわる話。
本人の強い希望により記す。

内海さんは小学校二年生から六年生までの間、猫を飼っていた。
黒い猫のジジ。
母親の知人が家の事情で飼えなくなり、引き取った。ジジは四歳だった。
「俺が小六の時には八歳だから、人間でいえば六十歳ぐらいだね。けれど全然、おばあちゃんって感じしなかったんだ。いつでも凛としていたね。外飼いだったんだけど、外で会っても俺のことなんか見ないで、ツンとしてたよ」
内海さんは懐かしそうに目を細めた。
「首のとこに白い毛が生えててさぁ、かーちゃんは『ペンダントみたいだねぇ』ってよく撫でてたよ。俺一人っ子だったから、ジジを貰ってきた時はほんと嬉しかったなぁ。俺はジジのこと友達って思ってたけど、どうもあいつは俺のこと弟みたいに思ってたフシがあったよ」
内海さんは現在、結婚をされていてお子さんもいる。
猫を飼わないのか、という私の質問に内海さんは首を振った。
「いなくなった時、辛いから、嫌だなぁ。ちょっとそれは、消極的」

内海さんは小学校六年生の夏、ジジを自転車で轢いてしまったという。
「その時、右手の親指を骨折してて、親からチャリンコ乗るの禁止されてたんだよね。ほらブレーキ握れなくなるだろう? だけど……どんな理由だったか忘れたけど、たぶん借りてたゲームを返しにいかなきゃとか、宿題とりに行かなくちゃとか、そんな理由」
気をつければ大丈夫だろう、内海少年はそう考えながらも、久しぶりに自転車に乗るとつい軽快にスピードを出してしまう。
坂道にさしかかった頃合だ。
足でブレーキをかけようとしたところ、浅く履いていた運動靴が吹っ飛んだ。
坂の下は交通量の多い道路。
スピードは出ている。
素足でブレーキをかければ大根おろしのようにアスファルトに擦ることになる。
「今考えれば、自転車ごと倒れれば良かったんだけど……。それが思いつかなかった」
内海少年は泣きそうになりながら、骨折していない手の方で必死にブレーキハンドルを握った。
だがスピードは緩まない。
頭が真っ白になった時、横から衝撃があった。
アスファルトに叩きつけられ、ベソをかきながら起き上がると目の前に黒猫がいた。
ジジだった。
内海さんは、どこからかジジが飛んできて、強引に倒してくれたことを理解した。
「だいじょうぶ? ジジだいじょうぶ?」
そう呟きながらジジに駆け寄った。
自分の膝の擦り傷も痛かったが、それよりもジジの折れ曲がった右足の痛々しさが衝撃だった。
ジジは伏せながらも内海さんをひと睨みすると「にゃぁあ」と鳴いた。
それは目上の者が、子や後輩に対して注意を促すトーンだったという。
「まるで『気をつけろ、バカ』って怒ってるみたいだった」
内海さんがうな垂れると、ジジはびっこを引きながらどこかに去った。
以来ジジは家に戻ってくることはなかった。
両親はひどく残念がっていたが、内海さんは自転車のことを話せなかったそうだ。
来る日も来る日も待ち続けたが、戻ってくる予感はなかった。
猫は死ぬ前には消えると内海少年は知っていた。
――ジジはきっと僕の代わりに、どこかで死んでしまったのだろう。
彼は大人になるまで自分を責めつづけたそうだ。
もし言いつけを守っていれば、もし骨折なんてしていなければ……後悔は胸の中で何年も生き続けた。

そして時間は二十年以上経過する。
内海さんの子供も大きくなり、自転車が欲しいとねだり始めた。
三輪車ならいいよ、と答えながら内海さんは件の自転車転倒のことを思い出したという。
いまだ強烈にジジの姿は脳裏に蘇った。
すると「あ」と子供が声をあげた。
「おとうちゃん」
窓を指差した。
「にゃんこがきたよ。にゃんこ、きてるよ」
内海さんが窓に視線を向けると猫がいた。
黒猫だった。
ジジそっくりの、いやジジそのものの証であるように、首元に白い毛が生えていた。
黒猫は一声、「にゃぁあ」と鳴いた。
「はっきり俺のこと見てた」
内海さんと目があうと、黒猫は頷き、びっこをひきながら姿を消した。
子供の前で、初めて内海さんは泣いたそうだ。
「あいつにとったら、まだまだ弟分なんだろうね。ずっと見ててくれているんだ」
目を潤ませながら内海さんはそう仰った。

たぶん、彼が猫を再び飼いはじめる日もそう遠くないと私は思う。

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別府

管理人です。ビックリしたときのリアクションは子供みたいです。

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